映画 | 『天気の子』#帆高の家出の理由って必要か?ちょっとした考察

天気の子 を見ての感想とか考察が書かれていた
ネットのサイトをいくつか見てきました。
他の方がどんな感想をもったかやはり気になるので…。

その中でコメント欄も含めて
ストーリー上の設定の粗が目立つ
という意見が比較的多かったように感じました。

例えば
・帆高が家出した理由が作中で明らかにされていない
・陽菜は親がいないのに小学生と2人でアパートに暮らし続けられるのか

とかそんな感じだったと思います。

ストーリーを見ていく上で帆高の家出を説明するシーンがなくても問題はなかった?

これは僕の映画の感想ですが帆高の家出の理由は
映画の中で語られていなくても別に気にはならなかったし
内容のおもしろさに影響することはないと思うので
それで評価が変ることもないと思う。

おそらく気にしているのは最初からストーリーに粗がないか
探しながら見ている層で、普通に映画を見ている人には
まず気にならないでしょう。

一応、家出の原因が描かれていなくても気にならない理由と
思われるものもあって、それは須賀や夏美そして陽菜たちが
深く追求していないこと。

帆高と須賀、夏美そして陽菜の姉弟とは
その付き合い方は見ていて気持ちがいい
それに出逢いから日は浅くてもキズナの強さ
のようなものも感じられる。

陽菜は確か帆高がアパートに来たとき
家出の理由を聞いていたと思う
帆高が「息苦しくて…」とだけ話したのに対し
「今は?」とだけ聞いた、それだけ。
須賀に至っては素性の分からない家出少年を
住み込みで雇い働かせている。
普通ではあり得ないことだろう…。

-過去にとらわれることなく真っ直ぐに走り抜けていく
それは新海監督がこの映画に込めたテーマの1つ
弱いなりに勇気を出して陽菜を助け出そうとした帆高
金がないのに恩を返すため飯を奢った帆高
この映画の登場人物同士はみんな
直感的に人とのつながりをつくってゆく
そのことが物語が大きく動く要因になっているのだと思う。

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